給食協会の歴史

北九州市五市時代(1928〜1962)

昭和3年4月 身体虚弱児対象、夜間2部生(貧困児)に毎週1日及び祝祭日、
寒い夜実施 【若松】
昭和7年10月 小森江東小欠食児童、身体虚弱児(80名)に実施 【門司】
若松栄養給食室を新設、虚弱.貧困児に毎日給食を実施 【若松】
昭和9年4月 パン給食に、ご飯給食を加えた 【若松】
昭和11年12月 希望者対象に副食給食(5銭5厘)を16年頃まで実施 【若松】
昭和19年4月 味噌汁給食(食料不足で低下しつつある児童の体位の増進の為) 【門司】
主食は家から持参(こうりゃん、麦飯、だんご等)
近隣の土地で芋や麦、野菜などの作物を児童が作り給食に使用 【小倉】
味噌汁給食(食器は児童持参)
身体虚弱児対象に給食物資の特配を受け副食給食を実施 【若松・戸畑・八幡】
昭和20年3月 三月頃まで給食実施、その後物資不足の為中止 【若松・戸畑・八幡】
物資統制の強化のため、漸次実施校減少 【小倉】
昭和20年8月 終戦と同時に学校給食休止 【門司】
昭和21年12月 味噌汁給食開始、ララ物資の援助開始 【全国】
昭和22年2月 1週4日制(月額20円) 【全市】
昭和22年11月 全小学校(当時6校)に副食給食開始 【戸畑】
昭和25年2月 教育委員会法で給食事務を明文化 【全市】
市により全小学校に食器配布 【小倉】
給食委員会設立 【若松】
昭和26年2月 給食場施設整備(裁断機、皮むき器等) 【門司】
週5日制完全給食(月額150円) 【門司・小倉・若松】
全小学校一斉に完全給食を開始 【八幡】
週5日制完全給食実施 【戸畑】
物資共同購入機構の確立、物資共同購入開始 【八幡】
献立委員会を設けて全市同一献立 【八幡】
専任栄養士設置 【若松・八幡】
うどん、カレー汁、団子汁、味噌汁、豆腐汁がよく献立にでていた
昭和27年4月 小麦粉全額国庫負担が半額となる 【門司・小倉・若松】
パン代の父母負担を増額 【門司・小倉・若松・戸畑】
脱脂粉乳の全額国庫負担を廃止して、父母負担となる 【門司】
給食費増額により、給食存廃の岐路に立ち11校中止 【小倉】
給食委員会を設立 【門司】
給食実施を週5日制とする 【門司】
専任栄養士設置 【小倉】
学校給食訪問開始 【小倉・八幡】
学校給食運営機構の確立 【八幡】
昭和28年6月 学校給食会設立 【門司】
昭和28年8月 大豪雨で給食施設損害甚大 【門司・小倉・若松・戸畑】
門司地区、ユニセフの援助対象となる
専任栄養士設置 【小倉】
昭和29年6月 「学校給食法」の施行 【門司・小倉・若松・戸畑】
野菜の共同購入開始1/3の学校 【門司】
学校給食会設立 【門司・小倉・若松・戸畑】
専任職員設置 【小倉】
昭和30年9月 全校共同購入実施 【門司】
給食会館設立落成 【小倉】
昭和31年4月 学校給食会館落成 【門司】
夜間課程を置く高等学校の給食開始 【小倉・若松・八幡・戸畑】
学校給食会機構作成組織化 【門司】
学校給食会館落成 【八幡】
昭和32年7月 学校給食会館落成 【若松】
昭和37年4月 新基準による学校給食実施 【全市】

北九州市発足(昭和38年2月10日)以降(1963〜)

昭和38年4月 パンのかわりに月1回ソフトスパゲッティ式めんを採用
給食費 門司・八幡区430円、小倉・戸畑・若松区450円
昭和39年7月 全市中学校牛乳給食開始
献立委員会組織
昭和40年10月 給食費 門司・八幡区530円、小倉・戸畑・若松区450円
昭和41年1月 学校給食会統合準備委員会(専門委員会)結成
昭和41年9月 北九州市学校給食協会設立
昭和42年11月 北九州市学校給食協会就業規程制定
昭和42年11月 給食費 全市統一670円 統一献立
昭和43年6月 各区給食係廃止、給食事務を本庁で一本化
昭和44年 「北九州市学校給食基底カリキュラム」作成により給食指導基底の明示
文部省より「学校給食指導の手引き」発行
各学校の全学級に配膳台を配布、献立黒板を全校へ配布
昭和45年4月 北九州市学校給食協会物資共同購入委員会要項制定
北九州市学校給食協会学校給食物資納入業者選定要項制定
給食費 800円
牛乳脱脂ミルクを隔日に実施
給食費全額予納制採用
昭和45年10月 第1回給食当番児童用エプロン配布(5、6年から毎年次配布計画)
昭和45年10月 栄養指導板を各学校全学級に配布
昭和49年ごろまで鯨肉がよく給食に出ていた
昭和46年12月 給食費1,100円
脱脂ミルクをビン牛乳に切り替える
昭和47年2月 「北九州市立学校給食基底カリキュラム」改訂発行 
昭和48年4月 物資代プール計算方式採用
学校給食の手引き作成配布
昭和49年1月 給食費1,370円
給食協会運営費全額市負担
昭和49年3月 牛乳ビン装をテトラパックとジローパックに切り替える
昭和50年4月 財団法人北九州市給食協会設立
北九州市学校給食協会寄付行為制定
北九州市学校給食協会寄付行為施行細則制定
学校給食の手引きの配布
昭和50年4月 給食費2,000円
昭和50年7月 北九州市学校給食協会専決規制定
北九州市学校給食協会事務局組織に関する規程制定
昭和50年12月 北九州市学校給食協会防火管理規程制定
昭和51年6月 給食費2,200円
昭和52年1月 北九州市学校給食協会学校給食用物資納入業者資格審査基準制定
昭和52年3月 北九州市学校給食協会役員の推薦等に関する細則制定
昭和52年6月 給食費2,350円
昭和54年3月 北九州市学校給食協会特別会計規程制定
北九州市学校給食協会役員の報酬等に関する規程制定
北九州市学校給食協会文書規程制定
北九州市学校給食協会公印規程制定
北九州市学校給食協会出勤簿処理規程制定
北九州市学校給食協会派遣職員給与規程制定
昭和54年6月 北九州市学校給食協会財務会計規程制定 
昭和54年9月 公益法人会計基準を適用
昭和55年9月 給食費2,450円
昭和56年6月 第45回大都市学校給食連絡協議会を主催
昭和57年4月 米飯給食の本実施(4月→週1回、9月→週2回)
献立の多様化になる
昭和58年9月 給食費2,650円
昭和60年4月 給食調理員のパート制度
「手作りルー」「手作りだし」による調理開始
昭和62年4月 ビスケットの使用中止 ソフトめん、年11回
昭和62年7月 鯨肉使用中止
平成元年 西酪ブリックパック(三角⇒四角)に変更(若松・八幡西区を除く)
平成2年 米飯給食の回数増(9月から、週2.5回)
煮魚や調理を開始(10月から)
平成3年 明治ブリックパック(三角⇒四角)に変更 全市ブリックパック化完了
平成3年9月 給食費3,100円
平成4年9月 先割りスプーンを先丸スプーンに改善
平成6年4月 献立に「郷土料理」を取り入れる
ソフトめん中止
平成6年9月 干ばつのため米飯給食2.5回を1.5回に変更
食器の使用制限
平成6年10月 6時間夜間断水解除(11月より平常献立メニューに復帰)
平成7年2月 特別献立メニューにサイコロステーキが登場
平成7年10月 中央卸売市場が産地と相対取引で給食用の青果を確保、青果の品質向上
平成8年4月 「学校給食事務の手引き」改訂
平成8年9月 全国的な病原性大腸菌“O-157”による食中毒の対策のため献立を一部変更して実施
加熱調理による献立に限る - 3月末まで
平成9年3月 文部大臣賞を受賞
平成11年7月 コンピュータの整備
平成12年4月 給食費3,500円
平成13年10月 牛肉の納入に関して業者に証明書の発行を義務付け
平成14年9月 米飯給食の回数増(2.5回⇒3回)
平成15年9月 北九州市学校給食協会ホームページ開設
平成16年5月 市内産玉ねぎ 学校給食に初登場
玉ねぎの収穫体験活動と学校給食交流会の開始
平成16年6月 市内産トマト 学校給食に初登場
平成16年12月 市内産かぼちゃ 学校給食に初登場
平成17年1月 市内小学生の市内産食材(キャベツ)収穫と交流会
平成17年4月 国産小麦粉使用
平成17年10月 丸麦(月1回)
平成17年11月 市内産みずな 学校給食に初登場
平成18年2月 市内産チンゲンサイ 学校給食に初登場
平成18年4月 給食協会パンフレットを改訂
平成18年5月 市内産きゅうり 学校給食に初登場
平成18年7月 市内産じゃがいも 学校給食に初登場
平成19年11月 市内産にんじん 学校給食に初登場
平成20年1月 中学校完全給食モデル校3校決定(弁当・食缶方式)
調理業者へ物資の提供
市内全小学校へPEN食器を導入
中学校給食費4,500円
平成20年4月 中学校完全給食モデル校1校追加(親子方式)
平成20年7月 市内産ピーマン 学校給食に初登場
平成21年9月 市内産冬瓜 学校給食に初登場
中学校完全給食(親子方式)11校で開始
平成21年12月 市内産みかん 学校給食に初登場
平成22年4月 中学校完全給食(親子方式)16校追加
平成22年9月 中学校完全給食(親子方式)9校追加
平成23年4月 中学校完全給食(親子方式)全校で開始
平成24年4月 「学校給食会計事務の手引き」改訂
平成25年1月 市内産カットだいこん試行
平成25年4月 公益財団法人北九州市学校給食協会移行設立
平成26年4月 小学校給食費3,900円
中学校給食費4,900円
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